事の始まりは、いつもの人物からの一言が発端だった。

「ね、ウェラー卿。家出、シヨ?」
「相変わらず、どこから突っ込めばいいかわからない人ですね」

答えた人物も人物なのだが。

 

 

 

その時間、コンラートは剣の手入れを行っていた。
陛下を寝かしつけて、少しの酒と愛剣を磨くその時間。物思いに耽る時もあれば、明日の予定を考えたりして。
時には義兄の部屋に押しかける時もあるが、グウェンも政務が忙しいため、コンラートは自粛していたのだ。

日付が変わり、風呂に入っているときだった。
部屋に誰かの気配を感じた。気配どころか、足音も聞こえたのだが。
それは明らかに忍び込んだようではなかったが、音を立てずに浴室の扉を開け、剣とタオルを引き寄せた。

そこに。

やや息を切らせて飛び込んできた、この国、唯一のヒト。
濡れたように艶やかな漆黒の髪。
頬はうっすらと紅色に染まり、目元には涙が浮かんでいて。
肌蹴た胸元。散らばった花びらの痕。荒い呼吸の合間にちろちろ見える、赤い赤い舌。

どう見ても、情事の後の様子に見えて、コンラートは目を見開く。
ぽたり、と水滴が落ちて、双黒の大賢者がにっこりと笑った。

「ね、ウェラー卿。家出、シヨ?」
「相変わらず、どこから突っ込めばいいかわからない人ですね」

それを返事として、コンラートは闇が支配する外にダイケンジャーを連れ出した。

 

 

 

 

城から飛び出て、馬を走らせ、たどり着いたのは、丘の上。
雲一つない満天の空。月が煌々と地を照らし、星達が競い合ってそらを照らしている。

二人がいる近くには何もなかった。
ただただ、草たちが寝転ぶ村田の体を包む。風が草原を凪いで、村田の頬をくすぐった。

コンラートは沈黙を守る村田の側に腰かけ、同じように空を眺めている。

 

 

「……何も聞かないんだね?」

どれぐらい時間がたった後か。
村田は静かな笑みを浮かべながら、コンラートの顔を見上げた。
その声音、その黒い瞳。コンラートは引きずりこまれそうな深さに、ふ、と笑って答えた。

「猊下の事です。ヨザックが悪いに決まってます」

嘯いて言うと、村田は目をきょとんとさせた。そうすると歳より幼く見える。
更に目を薄く笑うと、ぷ、と大賢者が笑う。

「やっぱり。ウェラー卿はいいねぇ。僕に乗り換えない?」
「そうですねぇ……。猊下の一番が陛下でなくなればいいですよ?」
「ウーン……それは出来ないなぁ……」
「ははは。俺も出来ないことですからね」
「ボクタチ、ニテイルモンネ」
「エェ、ソウデスネ」

言い合って、笑い合う。
少しだけ、村田の表情が崩れて、コンラートは気付かれないように唇を緩めた。
村田が這いつくばってコンラートの元に移動し、投げ出していた足に頭を乗せた。

「膝枕ですか?」
「そう。ヨザックには内緒にしておくよ」
「別にいいですよ?」
「じゃぁ、フォンヴォルテール卿に黙っててあげる」

くすくすと笑う村田。
コンラートは微笑を続けたまま、村田の髪を梳く。
猫っ毛であるが、存外、柔らかい。村田はくすぐったそうに瞳を閉じた。

そうして、再び、沈黙が二人を包む。
風が少し冷たかったが、二人は熱をも分け合っていたから、特に寒さを感じる事はない。
柔らかい髪の感触と、繰り返し額に落ちる髪の感触だけが優しい。
風と虫の音がただただ響いて、世界は暖かさと優しさとソレだけに染まった。

 

「……ウェラー卿」
「はい?」
「どうして、僕は大賢者のままでいなかったのだろう」
「…………?」

空を見上げたまま、村田はぽつり、と呟く。
深い、深い闇。
どこまでも広がる彼方。
時に温かく、時に冷たく、、、包み込む暗闇。

「大賢者のまま、、、、大賢者のままであれば、僕は眞王だけを想っていられたのに」
「……………」
「魂が擦り切れても、孤独に狂っても、全てに絶望したとしても」
「猊下………」
「わかっているよ、ウェラー卿。実際、そうであれば、そうであったで、僕はこうして愚痴を飛ばすだろうからね」

口元には自嘲な笑みを。瞳には虚無の闇を浮かべて。

「………名前を……」
「え?」
「名前を間違えたんだ。----意識が、混濁して」
「……………」

コンラートは何も答えなかった。返事を期待されていないと気付いていたから。
ただ、撫でる事だけを続ける。

「何人前だったかな? その時、大スキだった人。今まで思い出しもしなかったのにね。本当に間の悪い」

くすくすと笑う。暗い笑みを。

「確か、一緒に死にたいくらい好きだったんだ。唯一のヒト。………ソレは僕の、、、『村田健』のモノではないのに」
「……………」
「誤解しないでね? 僕が僕である事に、ヨザがいる限り、もう、揺らぐ事はない。ただ………」
「………ただ?」
「………ただ、僕が転生して、別のモノになった時、僕が思い出したように、誰かがヨザを思い出すのかな……」

ソレは僕ではないのに。
僕の想いを、共有してしまうのだろうか。

呟いて、黙り込む。
闇を映していた目は閉じられ、ただただ心地よく嬲る風だけが、二人の沈黙を優しく包む。

そんな中、くすり、とコンラートは笑みを零した。
村田が気付いて、訝しげに目を開ける。

「-----何?」
「いえ。まさか、この状態でノロケを聞かされるとは思いませんでしたので」
「…………は?」
「違いましたか?」

にっこりと言う言葉が似合う笑顔を浮かべる。
村田はきょとんとした顔をした後、耳まで真っ赤に染まった。

「いや、違うっ。僕は………別に」
「貴方にそのつもりがないとしても、受け取り手がそうとれば、そうなんですよ」
「………君はいやな奴だな」
「お褒めにあがり、恐悦至極です」

ずっと梳いていた手を止め、コンラートは村田の手を取った。
村田は不機嫌な顔をしながらも、その意に気付いて体を起こす。

「さぁ、そろそろ戻りましょう。体が冷えたでしょう?」
「そうでもな………」
「冷えてますよ? 指先まで冷たいじゃないですか」

後ろからふわり、と抱きしめられて。コンラートに取られていた手は、別に手に取られた。

「では、邪魔者は消えるとしましょう。体を冷やさないように気をつけて」
「あぁ。この体を暖めてから、帰るから」

頭上での会話に、大きく振り返る。
目に入ってきたのは、闇にも鮮やかな太陽の色の髪。口元には皮肉った笑み。

「では、猊下。おやすみなさい」

誰よりも優しい笑みを浮かべて、コンラートが静かに立ち上がる。
風だけを引き連れて、闇に溶け込む背中を見つめて。
ふぅ、と大きくため息をついた。そして、静かに抱きしめる腕に、そっと目を閉じる。

「……いつからいたんだい、ヨザック?」
「最初から。猊下がコンラートの部屋に行ったのを追いかけていましたから」

捕らわれた指先に口付けが落ちてくる。
抵抗しないことをいい事に、手の甲にも、手首に、手のひらに。
その唇の熱さに、体が火照ってしまいそうになった。
そんな自分を気づかせないように、眼鏡を持ち上げて、冷静さを装う。

「猊下………」

沈黙を守る村田に、ヨザックはかける言葉を見つけることが出来ない。
魂の転生に関与できるわけないし、自分が死んだ先の未来の事は、自分に約束できない。
まして、記憶が蘇るのを防ぐ術なんて。

何か声をかけたいが、かける言葉が見当たらない。
この人は、慰められることを求めていないから。

だから、抱きしめて、口を開いた。

「俺を猊下の最後のオトコにしてくれるんデショ?」
「……最後…?」
「えぇ、最後、です」

意味がわからないという顔をした頬に口付けを落として。
元々は童顔であるのに、魂の熟成によって大人びて見えるが、こういう時は歳相応だ。
その顔が、徐々に大人びていき、ふ、とした瞬間に、もう一つの顔に変わる。

夜を統べる顔に。

「そうだね。次こそは、決着をつける」

凛とした声で。
見つめる瞳は、どこまでも強く輝いて。

しなやかな身の動きで体を起こす。
ぽっかり浮かんだ月が、淡い輝きとなって、漆黒の髪を縁取る。
口元に、くすくすと笑みを落として。

「………君のためなら、終わらせる事が出来るかもね」
「え?」

囁く声が、風に乗ってどこかいってしまいそうだった。

「さぁて、そろそろ戻ろうか。僕、寒い」
「え?え? って、猊下?!」
「行くよー、グリエちゃん」

瞳を元の色に戻し、すたすたと歩き出す。
ヨザックはすぐに身を翻し、その後を追いかける。

 

次こそは、決着をつける。
もう、魂の転生を終わらせる。

 

「猊下、待ってくださいって!」
「はーやーくー。馬に乗せてー----って、ぅわっ」
「あぁん、猊下、愛してるー」
「ハイハイ。わかったからオチツイテ」
「落ち着けません、もう、ぼっきぼ」
「ハハハハハハハ。ちんみぎるよv」
「いやーんvvv」

 

 

 

僕の想いは、僕だけのものだから。

 

 

 

 

 

FIN

 

 


む………難しかった(ぱたり
本当はこの話の前に『音のない森』が入るのです(けふけふ

最初、コンとムラをらぶらぶにしてやろうかと思ったのですが、
そうすると、二人が出来そうなので(ぇ)やめました。
この二人、堕ちるタイプなので(ぁ

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070522 あずま

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